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流経大柏高校ラグビー部の紋章

”たたみかけの起源”by:たたみかけマニア
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観戦記、たたみかけまくっていて最高です!極上です!

「たたみかけ」のエッセンスに迫る観戦記を読み、父母の方にも多少は「たたみかけ」の哲学とその重要性をご理解頂けているようであることに感激し、鳥肌が立ってしまったので、我慢できず初めての書き込みです。

あれは今から4年ほど前のことです。1999年に流通経済大学が大学選手権で早稲田大学と対戦した際、
秩父宮ラグビー場は9割以上の早稲田ファンで埋め尽くされていました。早稲田大学の先制トライで、競技場の観客席が絶頂に達し、同じく観客席で観戦していた流通経済大学の応援団はそこがまさに四面楚歌の状態であることを認識しました。

試合に出場している選手も大舞台に圧倒され浮き足立ってしまい、開始早々、早稲田大学に連続トライを許し、一時は
7対25という大量リードを喫してしまったのです。

しかし、その状況の中で流通経済大学ラグビー部の応援部員の中の
「たたみかけ」のパイオニア達は、あの伝説の応援を編み出しました。ナイアガラの滝のような早稲田大学の大応援団の激流の中で、ミジンコのようにちっぽけであった流通経済大学の応援団でしたが、ある男(パイオニア達の中のリーダー的存在)があの応援を思い付いたことによって、一気にチームの逆転を呼び起こしたのです。

その男は

 「おーいっ!たたみかけろー!」

 「りゅうつうけいざいっ!たたみかけろー!」「たぁたぁみぃかけろぉぉぉーー!」

と絶叫しているうちに、大天使ガブリエルから啓示を受けるがごとく、あの応援を思い付き「今から俺の応援についてこい!」と応援部員およそ70名を総動員してあの応援を行なったのです。

 「たったみっかけぇ!→えいしっ!

 →たったみっかけぇ!→えいしっ!

 →たったみっかけぇ!→えいしっ!

 →りゅーうつーうけぇいざぁい!たったみっかけぇぇぇー!うわぁーぁーぁー!!!」


ドーベルマンに脅えるチワワのようであった流通経済大学の応援団も、その応援が湧き起こってからは、大坂夏の陣でわずかな兵と流星のごとく徳川家康の本陣まで切り込んで行った真田幸村のごとく、選手達に声援を送り、騒ぎ立て、発狂し、早稲田大学の大応援団を圧倒したのです。応援団のみんなが桶狭間の戦いの直後に勝鬨を上げる織田信長軍になっていました。

応援団のみんなが
「エイドリアーン!」と叫ぶロッキーになっていました。応援団のみんなが試合前のプロモーションビデオで生肉を貪り食べるボブ・サップになっていました。まさに新興宗教の儀式のようでした。その狂乱の応援が、早稲田大学の応援団や一般客、そしてラグビー協会関係者の反感を買ったことは言うまでもありません。

しかしながら、初めてのことだったので、あの応援で消耗するエネルギーがあまりに大きいことを流通経済大学の応援団は知りませんでした。

あの応援によってチームに逆転を呼び起こしたものの、流通経済大学の応援団は力をセーブせずにたたみかけ過ぎてしまった為、HPを使い果たしてしまい、最後の最後には早稲田大学の大応援団に、いや大隈重信の魂の前に屈することになってしまったのです。あの時ほど、試合前にリポビタンDを飲まなかったことを悔やんだことはありません…。

封印されていた
「たたみかけ」の精神が再び蘇りつつあることを観戦記を読んで感じたので、あの応援の起源のほんの一部を紹介してしまいました。紹介しているうちに内容がオーバーになり、悪乗りがエスカレートしてしまったことをお詫び申し上げます。フィクションとして軽く読み流して頂けたら幸いです。


 2004年 2月17日(火曜)

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